能登半島の、地震被害や復興状況を見て考えた事
2024年元旦、夕方16時10分
石川県能登地方を震源とした大きな地震が発生しました。
地震の規模は、マグニチュード7.6
崩れ落ちて瓦礫と化した民家や、亀裂が入って
盛り上がり、寸断された道路、 変形した沿岸部や
津波、広範囲に及ぶ火災 など、
次々と更新されて行く死者数や行方不明者数を
目にしながら、
母と私はただ呆然と、なす術もなくテレビ画面を
見つめていました。
あれから約9ヶ月が経過しましたが、
現地の復興は遅々として進んでおらず、
未だ多くの人々が、不自由な避難生活を強いられて
おられるようです。
NHKの調査によると、
石川県の能登半島地震の住宅被害数は、8万3980棟
に及んでいます。
今回被災されました、多くの皆様には、
心からのお見舞いを申し上げます。
このような悲惨な大震災は、私達家族にとっても
決して他人事ではありません。
災害列島日本に住んでいる限り、明日は我が身
と考えざるを得ないでしょう。
能登半島地震で倒壊した民家の多くは
我が家と同じ、旧耐震基準で建てられた家
でした。
そこで、日本の耐震基準ってどうなっているのか、
少し調べてみました。
地震が起きた時に、国民の生命や財産が守られる
ように、
一定の強さの地震に耐えられる構造の建物が
建築基準法などで定められています。
1981年5月31日までに確認申請を受けた建物は、
旧耐震基準 (震度5程度の中規模地震で大きな損傷を
受けないこと。) に則って建てられています。
また、
1981年6月1日以降の確認申請を受けた建物は
新耐震基準 (中規模地震では軽微なひび割れ程度の損傷
にとどまり、震度6程度の大規模な地震で建物の倒壊や
損傷を受けないこと。) に則って建てられています。
2000年の建築基準法の改正では、阪神淡路大震災で
多くの木造住宅が倒壊したことから、更に耐震基準
が厳しくなりました。
地盤調査が義務付けられ、柱や筋交いを固定する
接合部の金物が指定されて、
体力壁の配置もバランス良くなるよう規定されて
いるようです。
我が家は、コンクリートブロック造に、木造で
増築を繰り返した家なのですが、耐震性はどう
なっているでしょうか?
災害に備えるために
備えの必要性は、以前から頭のすみっこに
ありました。
約16年前、クリスチャンに改宗した時から、
教会で教えられて来たこと、つまり
家族の不測の事態 (病気、失業、災害など)に
備えて、食料や燃料、水、消耗品などを
備蓄するように。
また、出来るだけ借金をせず貯金する
ように、と勧められて来たからです。
今の自分を取り巻く社会情勢を見る時に、
その勧告が、如何に賢明なものだったか
が分かります。
母と二人暮らしを始めたばかりの私は、
引っ越しに伴い、備蓄も振り出しに戻って
しまったので、
再びこの家に、缶詰めやお米などの備蓄を
し始めていました。
しかしSNSで聞いた、ある防災士の方の
ひと言に、ハッとしました。
こう言われたのです。
「様々なものを備蓄するのは大事なことです。
しかしその前に、
まず生き残らなければ意味がありません。」
旧耐震基準で建てられたこの家に、このまま
備蓄をし続けていても、大丈夫なのだろうか?
私の優先順位は
間違っていないのだろうか?
心に、答えの出ない不安が
募ってゆきました。
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