3/30(日)/2025
日曜日がやって来ました。
クリスチャンである私は、神様と交わしている聖約を新たにするために、教会に集いました。
遠い昔、神様が天地創造をなさった時、
1日日に光と闇を分けられ
2日目に天と地を分けられ
3日目に海と陸を分けられ、地に植物を生じさせ
4日目に太陽に昼を、星に夜を司らせ
5日目に水中の生き物と全ての鳥を作られ
6日目に全ての地の獣と人を創られ
そして7日目に、神は全ての創造の業を終わって休まれたとあります。
神様が休まれた7日目を、神ご自身が祝福し聖別されたのが安息日です。
庭の植物に目をやる時、
太古の昔から少しも変わる事なく与えられ続けている”自然の恵み”という祝福に、深く感謝せずにはいられません。

天(あめ)が下の全ての事には季節があり
全てのわざには時がある。
生まるるに時があり、死ぬるに時があり、
植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
殺すに時があり、癒すに時があり、
壊すに時があり、建てるに時があり、
泣くに時があり、笑うに時があり、
悲しむに時があり….
捜すに時があり、失うに時があり、
保つに時があり、捨てるに時があり….
黙るに時があり、語るに時があり、
愛するに時があり、憎むに時があり、
戦うに時があり、和らぐに時がある….
神のなされることは、皆その時に叶って美しい。
神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。
それでもなお、人は神のなされるわざを、
初めから終わりまで見極めることはできない。
伝道の書3章1-11( 旧約聖書 )
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